梅雨らしい雨が続いています。気温も低くって、あんまりジメジメ感が無いので助かっています。雨って言えば伊豆半島を巡る旅の宿泊地、下賀茂温泉での雨の中の散策を思い出しますよ。台風が来るって言う日に旅に出たんですよ。
沼津では豪雨の中で昼食を食べ、修善寺では雨の為駆け足の観光を…それから湯ヶ島~河津、そして下田を抜けて到着したのが伊豆半島の先端近く、南伊豆の下賀茂温泉でした。海水浴場で結構人気の弓ヶ浜の直ぐ近くです。学生時代は海水浴って言えば、この弓が浜に来る事が多かったですよ。
台風の襲来に備えて、午後3時半頃の到着でした。夕食時間には間があり過ぎ、宿にくすぶっているのも面白くないので、下賀茂温泉の探検に出掛ける事にしました。小さな温泉町ですから、宿も6軒しかないし、弓ヶ浜温泉の宿2軒を合わせたって、たったの8軒ですからね~いかに小さな町か解ろうっていうものです。
ここには下賀茂熱帯植物園があるので、フロントで割引券を貰って行こうかなって思ったのです。フロントでは…こんな雨の中の散策は止した方が良いのでは…って、ビックリさせてしまいました。でも一応時間等確かめてみると、閉園時間は午後4時30分でした…これじゃ行きたくっても、時間的に無理ですよね~(ーー;)
そこで、何処かお勧めの場所は無いのかって聞いてみたのです。教えてくれたのが、~湯道・福地蔵めぐり~仲良し地蔵⇒繁盛地蔵⇒白坂延命地蔵⇒学問地蔵⇒銀の湯地蔵⇒ガマ地蔵⇒子宝地蔵でしたが、本降りの雨だし、あんまり面白そうではないので止めました。
他にお勧めはって聞いたら…三島神社の天然記念物・夫婦大楠もありますよ…、それだ~って思い見て来ましたよ。ご神木なんですよ、写真では大きさが判らないかも知れませんが、本当凄い樹でした、一見の価値がありましたよ。
三島神社に向かう道々、田園風景を楽しみましたよ。道に沿って狭い水路がありましたが、山からの水が激しい音を立てて流れていました。何せ大雨の中ですから、辺りは薄暗くって人の姿も殆ど見掛けず、寂しい所だな~って思いました。でも働き者のカモさん達の鳴き声や、水田のあちこりからはカエルさん達のコーラスなど、雨の中に響き渡っていましたよ。
最後の3枚の写真は宿泊先から、一寸面白かったので撮ってみましたよ。さて、三島神社の解説をしておきましょうか…!!難しいかとは思いますが、社頭掲示板をそのまま写しますね。三島神社/鎮座地:南伊豆町二条 933-1/御祭神・溝杙姫命、誉田別命、大山祇命、田村神(瓊々杵命)、高おか神、素盞鳴尊
例祭日;11月2日/由緒;創建年代不詳なれども往古石井加納二條を久田村と称せし頃鈴木主水助なる者勧請すと云い伝う、延喜式神名帳所載の伊豆国賀茂郡加毛神社二座の一なるべしと云う。明治6年9月村社に列す。明治45年4月13日村社八幡神社・山神社・田村神社・無格社貴船神社を合祀す。宮司・飯作辰也寄贈 平成5年11月2日(社頭掲示板)
次に天然記念物の三島神社も大楠の解説もしないとなりませんよね~!!でも、こちらも社頭掲示板にあった通り、そのまんま掲載する事にしますね。でも実際に大楠に下に立つと、太い幹に巻かれた太いしめ縄、大楠の周りには結界の様な柵がありました。神社の軒先から眺めると、こんもりと繁る強大な姿に、畏怖を感じずにはいられませんでしたよ。
三島神社の天然記念物・夫婦大楠;この三島神社は慶長2年(1592)に再建されたものですが祭神は事代主命の妃神である溝杙妃命で神津島から南伊豆に上陸した事代主命に協力し、この地を開いた女神と伝えられています。こうした云い伝えから三島神社は創建も加畑賀茂神社同様に平安時代初期の大同年間にさか登るものと想像されます。
境内に見られる大楠2本の幼木が成長の過程で根本が結合したもので樹齢は約980年とも加畑賀茂神社の柏杉と同じく1000年余とも云われます。樹幹は夫婦を象徴する自然の妙が見られ夫婦和合に御利益の神木とされています。創元社刊「伊豆歴史散歩」等の著者沢史先生(社頭掲示板)
下賀茂温泉は湯量豊富な海水の温泉で、露天風呂は男女入れ替えせ制でした。ナイルは大浴場に行ってみたのですが、誰もいなくって独り占めでしたよ。お湯の吹き出し口から絶え間なく流れ出るお湯の音が潮の満ち引きの様、まるで海辺にいて波の音を聞いている様な、そんな気分にさせてくれましたよ。
今夜のブログはダラダラと書き込んでしまいました。でも明日は、また伊豆の旅からそれてしまいそうです。今の時期ならではの樹木の花や昆虫さん等、結構在庫があるので早めにご紹介したいな~って、思っているからなのです。さて、明日は何にしようかなっ…(^_-)